スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | | スポンサー広告



私が「産まれよう」と思った



「笑うお産」が読みたかったんだけど無かったので(笑)
でもこれで良かったかも(´ー`)


知らない事がたくさんありました。

産声って上げなくてもいいんだ。
私泣かなくても良かったんじゃん。←誕生時無言でした。
泣かなくてもって言うか泣かされなくても。

赤ちゃんは産まれたらオギャーって叫んで肺を刺激することで肺呼吸を始めるって、保健の教科書で見た気がするんですが、違うんですね。
そんなに急いで肺呼吸始めなくてもいいんですって。

いいなぁ。
のんびりしたかった(笑)
引っ張り出された赤ちゃんは怒っているそうです。


陣痛は、前駆陣痛から何分間隔で段々その間隔が短くなって、そこからもうずっと痛い…と言うイメージでした。

『凄い痛い』と『凄い痛いよりは痛くない』が続くと思ってたんですが、『全く痛くない』時もあるそうです。
ただ、不安があると実際は痛くないのに痛みを感じてしまう人もいる、との事。

つまり私のようなイメージを心底信じている人は、ずっと痛い思いをしなくてはならないと言う事。

ここにもイメージの力が。

何か
痛くないといけない、腹を痛めて産まなきゃならない。

『私みたいに』

最高に痛い思いをして産んだお母さんだけでなく、帝王切開で『産んでしまった』お母さんの思い込みまで背負わされてしまっているみたい。

経験者が、経験者だからこそ敵になる。
「私がそうだったから、そうでなくてはならない」「私がそうでなかったから、そうでなくてはならない」

どっちでもいーのに。


『生まれて来てくれてありがとう』も
『生んでくれてありがとう』も
『私が生まれて来て良かったのか』も
『誰が産んでくれって頼んだんだよ!』も
『何で生きてるんだろう』も
全部
自分で産まれようと思ったから言える台詞かな。

誰もが自分勝手に産まれて来たもんだから、自信がない。

誰かが「おめでとう!」と祝福して喜んでくれたら
(喜んで貰えると言うことは、勝手にこちらに来ましたけれども、自分は産まれて来て良かったんだ)
と、嬉しくなるだろうし、出来ちゃって産んじゃったとしたら
(勝手に来てごめんだよー)
と、申し訳なく思う事だろう。

命の始まりくらい望まれた存在であるべきだ、せめてソコくらいは。
と、藁にもすがる思いでしたが別にどっちでもいいですね。

望まれないと生きるのが大変だけども。

親も、親の親も、その前の人も。
みーんな、推薦ではなく立候補。
そしてそれが受理されて、来た。

何億分の確率とか、産まれるだけで奇跡的とか、
あぁ。何か「だから感謝しなさいよ、有り難く思いなさいよ」的な押し付けを感じるわー。
「感謝しなきゃいけない事なんだ。有り難い事なんだ。」
だから
「我慢して生きなきゃいけないんだよ」みたいな。

ヤダわー(笑)
被害妄想すぎ?(笑)

そんな訳で
あーなんだー。産まれさせられた訳じゃないんだー。
みんな一緒なんだー。
どんな産まれ方でも別に関係無いんだー。

と楽になった本でした。

スポンサーサイト

2015.12.21 | | コメント(0) | トラックバック(0) | レビュー



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

しろん

Author:しろん
こちら東北秋田県。
しろんと申します。ハワイに行きたいです。

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。